今回のテーマは「大富豪に成ることや金を得ることは、そんなに重要ですか?」ですが・・「大富豪」の語義については「富裕層」をさすのですが、一般的には非常に大きな富を持つ人のことです。

大きな富を持てる人は非常に「運」が良いか、たまたま、仕事が当たったと捉える方が納得できると思います。但し、 非常に「運」が良い 人を除き、 たまたま、仕事が当たった 人もそれなりの努力を重ねての末に成り上がれた人ですので、半端な人物はいません。これは私が経験した実感です。


明らかに他人より秀でた才能も無く、将来の希望や夢も無く、只々、親御さんの云う通り人生コースを進み、「人並」な暮らし方が出来る人も、これから先の未来に待っているモノは差別的なほどの能力選別でしょう。人が集まる都会の会社はどうしたって、個人を選別し、能力によって給与や待遇に格差が生まれなければ会社の経営は成り立たない状況になり、社会の構造も遅かれ早かれ、そうなるでしょう。


「平成」までは近代通り人間の考え方や常識が通用したのですが、「令和」に元号が変わり、社会のシステムや技術が飛躍的に進化を遂げていることを皆さんは知っていますか?・・たまたま、私はコンピュウータの発展期と共に生きて来たので、多少は業界に友人がいるおかげで詳しいのですが、「量子 コンピュウータ 」も今やおおよそは開発が進み、中にはそのプログラムで事業化が進んでいるプロジェクトだってあるそうです。無論、 量子 コンピュウータ の計算速度は従来 コンピュウータ の1億倍だそうです。つまり、アタマの回転がゆっくりな人は少なからず駆逐されてしまう世の中がせまって来ているようです。


これからの世界に必要で、重要なのは理解力や応用力や仕事のルールの中で、その力を発揮できる冷静さを備えた人ではないでしょうか・・トランプのカードゲームでも平常心を保てる人間が最後まで勝ち残るようにビジネスで金持ちに成り、沢山なモノを手に入れる人間は「先を冷静の選べる」人達です。

大 富豪

 

大富豪に成ることや金を得ることは、そんなに重要ですか?

得る

私は仕事をしていた時にお相手の粗、全ての人達がお金のある富裕層という方々でした。中には外国の方でいわゆる「大富豪」とか「富豪」とか「資産家」の方もいらっしゃいました。特に韓国の 「大富豪」 と云われる方はテレビドラマの主人公の様な経緯(ある革命的なプログラムの開発)を経て、そのスタンスを獲得した方で「企業家」や「お金持ち」とはスタンスが違いました。

また、その奥様方は絵に描いたようなブルジョワジーなスタイルを好まれる俗人の方ばかりでした。今は亡き英国のロイヤルが冬のコートを仕立てのですが、たまたま、その 仕立てた コートをと同じ素材、同じ仕立て、同じタグを使用する権利が手に入り、商品化する為に東京から日本中に訴求した結果、北海道から九州までの人達からオファーがありました。決して安い値段では無く、高額という部類のセールスにもかかわらずです。

まぁ~、・・ここまでは過去の話なのですが、最近のAI(人工知能)の社会侵食は凄まじく、それに拍車を掛ける様にコロナ渦の勢いで、個人の働き方が変わり、社会もその変化を受け入れるのが寛容な状況になりつつあります。

得る

 

Y世代やミレニアル世代は当然ですが、ぎりぎり・・Z世代の人達も2030年以降に未来が始まっていることには同感だと思います。私も 自分の病気やコロナ渦の せいで、これまでの考え方が一変しました。

今は様々なサービスがインターネットというインフラが整備されたおかげで利用できる環境が整備され始めました。おかげで、サラリーマンを生業としている人達も会社から離れた環境でも仕事が出来るようになり、働き方も見直され始めています。

ましてや、副業も容認され始めている現代社会では、働くことへの再定義化も動き始めています。 アフェリエイトや転売での収入だけで生活が成り立つ今でだからからこそ、労働して収入を得て生活するという・・今までの当り前の活動を見直す必要があると思います。

大 富豪

 

より多くの 金を得ることは、そんなに重要ですか?

私が言うのもなんですが・・・私も若い時はお金持ちに成りたいとか、チヤホヤされたいとかカッコイイ存在になりたいという理由で「成功者」「勝組」に成る為に、結構・・努力と我慢をしました。幸い、他人様よりも美的センスが良く、早くから、それなりの成功と地位と お金 を得ることは出来ました。しかしながら、24時間ストレスにさらされる毎日と総てを抱え込む性格が災いして病気を患い、社会からリタイアする羽目にななりました。しかも、災いは続くもので、妻も大病を立て続けに患い、今も治療中です。

そんなでワケで、すっかり人生感や考え方が変わり、今では只の小市民です。ヨコハマに投資用のマンションと名古屋市内に三階建ての一戸建て住宅を所有していますが、今は夫婦で1LDKの小さな賃貸マンションが丁度いい大きさで夫婦二人の暮らしには合っています。

私も20代の内から、父親ゆうずりで腕時計に興味を持ち、ブティックの販売員のアルバイトで貯めた数十万円をつぎ込んでロレックスのサブマリーナを買いました、それからミルガウスとデイデイトとデイトジャストを52歳までに買いましたが、壊れたり人にあげたり気に入らないなどの理由で今はしていません。何故なら私は童顔なので、 ロレックス という腕時計が不似合いというか悪目立ちしてしまうからです。今は父の形見のパテックという腕時計を外出する時にするのですが、バンド部分が皮ベルトなので、夏の暑さに汗を吸ってしまうという不快感が付きまといます。

ハナシが飛びましたが妻も私も大病を経験したおかげで人生観が変わり、今ではすっかり慎ましく安心と安全と感謝の気持ちが大事なような気がしています。健康でいられて時々美味しいモノを味わえて、目立たずに平穏に暮らせることが幸せだと感じています。・・・贅沢な生活には切りがありません。・・・人生とは生き方や生きる姿勢の保ち方に納得できるか否かの自身の問題な様な気がします。



【まとめ】

これは私見なのですが、現代は既に・・お金を沢山稼ぐことがカッコイイ時代ではありません。もし カッコイイ 人を定義するなら、その人の生き方や生き様に妥協の無い(許さない)姿勢が現れる時でしょう。私の父は愛知県でも有数のペンキ屋(塗装会社)の親方であり、私服はいつも着流しに雪駄と太い指のはダイヤモンドが埋め込まれた金の指輪が光っていました、60歳を過ぎても肩迄ある長髪でした。(全く剥げていませんでした)まるで任侠映画の俳優のような人でしたし、ペンキ職人さん達からは、いつもオヤジさんと呼ばれていました。‥そんな父親の影響もあり、私も「男は黙ってサッポロビール」(当時の流行語)的で、寡黙な人間へと育っていきましたが、「お金持ち」や若くして「勝組」とか「社長」と呼ばれることに憧れるアホな青年に成りました。また、服飾デザイナーを養成する専門学校の1年生の時から有名な賞にノミネートされたり、賞を受賞したせいで、周りの先生方もチヤホヤする態度を見て多少、軽蔑するも、私は天狗になり、孤高の人を気取っていました。

就職先も特別待遇で迎えられましたが、結局は自己都合による退職で我儘を押し通すし、次の就職までに色々な経験と知識と思考を身に付けましたが最終的にはリタイアして今があるのですが、人生の最後までは何が起こるか判らないのが本当の人生です。

当ブログ記事の「普通でいる勇気とは」の中には「足るを知る」というとは、「満足することを知っている人間は、暮らしや生き様が貧しくても心は豊かである」という意味で、由来は「老子」の「足ると知る者は富む」というコトバからきています。本当は中国語なので「知足者富」と仏教の教えの四字熟語です。つまりは、欲望にはキリが無いので与えられた褒美で満足できる姿勢が大切だということです。

また、当ブログ記事の「オックスフォード大学も認定した10年後の未来に無くなる職業とは」の一説には、これから淘汰される職業は「◯◯であれば××」と形式化されていて、パソコンでも十分にプログラム化が出来てしまいます。と書かれていますが、やはり単純な思考の積み重ねであることが解ります。

やはり、受動的な人間が駆逐されてしまいますが、能動的な人間はどんな社会でも生き残ることが出来ると思います。