マンガ、いわゆるアニメの「ドラえもん」に登場する「四次元ポケット」や「何処でもドア」は誰もがあったらいいなと思うはずです。ドラえもんのポケットから出てくるタケコプターや何処でもドアは、ある意味、現代人の憧れです。
ドラえもんが四次元ポケットから出す、道具のタイムマシンやどこにでも移動できるドアの、ひみつ道具である「どこでもドア」は究極の未来の便利アイテムであり、発明品なのでしょう。

ドラえもんの過去の漫画映画は必ず「のび太」で始まる

ドラえもんの過去の漫画映画の1位2位3位も含めて10位までのランキングで、必ず「のび太で始まることにマーケティング戦略を感じるのは私だけだろうか? また、何度か外国へ行った経験があるが、ホテルのルームサービスに来るホテルマンやレストランで「ジャパニーズ」と言うと必ずアニメのnarutoやdoraemonというフレーズが出るので世界中に「日本のアニメは好かれているんだぁ~」と思った記憶がある。特にコロナ渦で身動きでなくなる前に行った韓国で知り合った知人と去年(2021年)Skypeで2時間ほど会話した時も、日本アニメの未来への先見性や構成の巧みさには「驚かされた」と知人も言っていた。・・やはり、バズるにに偶然は無いのだ!。日本のアニメが一番抵抗なく受け入れられる

ドラえもんのポケットや何処でもドアがあっ たらいいな

アニメ のドラえもんは 便利な道具が登場することでも有名で誰もが一度は想像したアイテムが次々と 登場する 。どこへでも自由に移動できるドアや「タケコプター」と言われる竹トンボはまさにヒトの夢見る道具であるのだから、それを可愛らしく描いたアニメの「ドラえもん」は人気が出て好きになるのは当然だ、そして、四次元ポケットから出てくるひみつ道具は、まさに一番「 あっ たらいいな 」と思える便利な憧れの道具(ガジェット)だと思う。

しかし、いずれは「どこでもドア」も「タケコプター」も「タイムマシン」も作られる日が来るだろうし、そして人間はドンドン自由を手に入れて行くと思うけど、 「 あっ たらいいな 」という モノが消えた時は次の 「 あっ たらいいな 」 は何になるのだろうか?・・・何でもかんでも自由になると人間として生きることはつまらないような気がするのは私だけだろうか?。

不便だから夢や目標が出来る

何でもかんでも自由になると人間として生きることは、ある程度の欲望や欲求は解消されるだろうと思うけど、何でもかんでもが「お金」がかかるかも?とも思えるワケで、結局のところお金が必要な世界なような気もする。多分・そんな時代にはベーシックインカム的な給付が全国民には有ると予想されますが、一律以上の収入が必要な場合は働くことで、収入を得るの方法が一般的になっている様な気がします。

格差社会

 

スポーツ選手は「勝敗」が付いて回る世界なので、目指す目標を設定して努力を繰り返して結果を積み重ねていきますが、常人は 目指す目 標は精々、「お金持ち」・「裕福」が一番にアタマに浮かぶ 欲求だと思います。その アタマに浮かぶ 欲求 の為にガンバル人は 精々、 1%ぐらいでしょう。そして、超お金持ちと庶民の現在より幅が大きい格差社会が出来上がるのではないでしょうか?。

あっ たら いい な
夢や不便が消える世界では個人の思想が生き方に影響する

夢や不便が簡単に解消されてり、手に入るってことは結構 -‥ダルイ時間を過ごす為には気軽に体験できるバーチャル世界が手っ取り早くてイイかもしれないです。コロナ渦以降、海外は無論、他県や人込みの移動に不安を感じる人も多く、結局は巣ごもり状態で過ごす時間が多くなっているようです。当ブログ記事の「オックスフォード大学も認定した10年後の未来に無くなる職業とは」に書いてある職業以外にも駆逐されてしまう仕事は、チョット考えれば沢山あり、様々な世代で、「AI」の煽りで、締め出される職場は多いでしょう。


職場で、少しでも高い地位や給与を得る為には顧客に支持されてこそ、そういった情報がいつの間にか経営者や上司の耳にも届いて自分という存在が受け持った立場の仕事が評価されるようになります、これは当ブログ記事の「人生で人はサクセスを目指すが叶えられない方が当り前です」に書かれていますが、これは私の経験知から出た意見です。


これは私的な意見ですので、一つの意見として記述しますが、私は決して富裕層ではないのですが、お金に困っているとか、お小遣いが足りないというワケでもありません、自由に使おうと思えば多分、世間一般では高額なお金も使えますが、それをしないのは正直、奥さんがウザイからです。以前というか未だ現役時代に高額の時計を二つ程、妻に黙って買ったのですが、今でも偶に、思い出したように「愚痴」られます。(ちなみに腕時計というモノは私の趣味的な位置に存在しました。)妻は高額な商品の購入をキライます。まるで、大阪の下町のオバチャンです。安い自慢が好きで、無駄遣いをキライます。


っま、、、苦労を支えてくれたのは妻ですし、私が自由に生きて行けるのも妻のお陰なので、今は妻に従うのが幸せで、「家庭円満」の秘訣だと思って居ます。そんな時に読んだのがアドラーの「幸せになる勇気」です。そして、当ブログ記事に「普通でいる勇気とはという記事を書きました。内容は普通であることを受け入れる勇気を持つことを提唱しています。現在では【嫌われる勇気】の方が有名ですけね・・・。また、普通であることは「足るを知る」ということです。 「足るを知る」 とは、中国の思想家、老子の言葉です。 「足るを知る者は富む」、つまり「自分の器を知り、与えられた事や物に満足するという意識を持つことで、精神的な欲望が緩和されて、幸せな気持ちで生きていけるということを表しています。


つまりは、これからの時代は注目されたり、秀でる事より、自分の器を知り、与えられた事や物に満足するという意識を持つことで、精神的な欲望が緩和されて、自分の境遇を幸せな気持ちで過ごせるということをが楽せず無理せす、幸せを感じられるのではないでしょうか?。