生きるとはうざいし、面倒くさいし、我慢ばかりだ。

生きるとはうざいし、面倒くさいし、我慢ばかりだ。というタイトルですが、生きるとはうざいくて、面倒くさくて、我慢ばかりが人生だというテーマですが、考え方次第では、人生は楽しいかもしれません。


ぶっちゃけ50代だろうが60代だろうが、他人や周りの相手から受けるストレスは素直に面倒くさくてウンザリですが我慢して感情をころすケースが多く人間関係には悩まされます。
当然ですが、仕事関係で生まれる人間関係というか、私の場合は私が男性ですから異性、つまりは女性の行動や言動の理由が判らず不安を抱く時もあります。
それは家族になった妻にも同じで、感情から生まれる言葉や行動の理由が解らず一瞬、不快な気持ちになりますが、相手は女性という自分とは違うメンタルの人間です。
だからこそ、私には理解できない理由が溝の原因と考えて受け流すという方法で対処しています。
したがって、同じ様な行動や言動を取る、子供は嫌いではありませんが苦手です。まぁ~・・友達でも同じ様な場合もありますが、必要以上にツッコむことはしません。


物事の価値や好き嫌いは人によって違い、価値観は人、其々です。
自分自身と考え方が違うからといって相手に対して否定の態度を取ることは大人には許されません。

大人こそ他人の価値観は尊重しよう

感情の起伏はどんな人たちにも存在しますが、感情の起伏を相手にする、例えば‥学校の先生のように相手(生徒)の感情の起伏を受け流して問題を再認識させるスキルや対処法が身に付いてこそ、社会や職場ではも大事な能力だと思います。  世間では自分の主張がすべて正しいかのような子どもの心理のまま大人になった人たちがいますが、他人を気遣うことの出来ないタイプの人は私は嫌いです。

生きるとはうざいし、面倒くさいし、我慢ばかりですが、自由に生きる権利もあります

当ブログ記事の「自由を得る為のお仕事はブロガーで」というブログ記事の中に【自由に暮らし、行動する為には自由に使えるお金という収入が必要です。】という文章があり、誰もが叶えたい「生き方」だと思います。自分がしたい事を行うためには、自由に使える時間とお金は、当然のことながたら必要ですが、それを叶える為には、無謀・無茶・賭けを取るか、経験と知識とスキルを取るかです。

前者であれば、若いうちからチャレンジ可能ですが粗、成功しません。後者であればチャレンジする分野の経験と知識とスキルはありますが、若くないのでチャンスは限られます。

生きるとはうざいし、面倒くさいし、我慢ばかりだ。

自由とは傍若無人ではなく、闊達に生きることを指している。闊達に生きれれば、うざい事柄も減るし、面倒くさい事柄も減るし、我慢ばかりする事も必要が無くなるが、闊達とは、行動を周りの人達が許してくれる状態のことだ。【闊達】とは、成るものではなく、認められるものだ。つまり、「人徳」という小学校に倫理の教科書に出てくる様なコトバだが、実際にあるものだ。

少々、古臭くなるのですが、人を恋うる歌 の与謝野鉄幹の歌詞で表現すると、男性であれば、いわゆる「気が優しくて力持ち」‥女性であれば「才たけて みめ美わしく情ある」的になります。

与謝野鉄幹は日本の歌人でり作家であり思想家の与謝野 晶子の夫です。‥時代は平成から令和になりましたが、教育のせいもあると思うのですが、チト、最近は慮る という配慮の心が不足しているように思えてなりません。 

誰もが面倒くさい我慢ばかりの人生はイヤです。

うざい

 

再度書きますが、物事の価値や好き嫌いは人によって違い、価値観は人、其々です。
自分自身と物事の考え方や捉え方が違うからといって他人に対して否定的な態度を取ることは人間として許されません。
感情の起伏はどんな人たちにも存在しますが、感情の起伏が激しい相手と対峙する場合は、学校の先生のように相手の感情の起伏を受け流しスキルや対処法が必要です。
往々にして、自分本位な人は冷静な態度や対応が出来ない人が多く、直ぐに争いに発展しがちですが、そのようにな相手の時こそ、相手の感情の起伏を受け流すスキルや対処法が必要です。

当ブログ記事の「普通でいる勇気とは心理学のアドラーと老子が教えてくれた」の中にある赤枠で囲まれた文章は人間の人生の真理を知るためには必要な思考に通じる文章だと思います。