精神年齢が小学3年生なみと揶揄される私の既婚感想
精神年齢 小学3年 既婚感想

精神年齢が小学3年生なみと揶揄される私の既婚感想というタイトルですが、副業おじさんブログ筆者の私はリタイアするまではそこそこのクリエーターだったと妻も認めてくれているのですが精神年齢が小学校の3年生並みだそうです。


っま、私も否定はしませんが、何もできないカラダになった今でも、もって生まれた気質は歳を経ても「変わらない」と他人の視点を持つ妻が言うのですから‥本当なのでしょう。
幼児期から専門学生時代までの賞歴は他人様よりは、多少は華々しく、大人になってからの功績や話題は新聞・女性雑誌・テレビへの出演など普通の人からは「ウッソー!!」などと目を丸くして驚かれた記憶もありますが、自分が 障害者になって仕事をリタイアする人生だとは思いもしませんでした。


しかしながら、既婚感は、20代に独学で始めたPC言語のプログラムコードの設計と書き方で、悩みに悩み抜いたおかげで、身についた必要スキルが自分を支えることも違う意味で想像できなかった嬉しい誤算です。
そして、妻の乳がん からの肺癌⇒治療・闘病⇒闘病+経過観察⇒経過観察といった具合に今現在も経験している既婚感は「悲喜こもごも」な暮らし(生活)で感じた「しあわせ」の意味と考え方。  そして妻から教えられている社会的な金銭感覚と価値観で周りや付近で生活することの達成感が妙~に楽しいことが意外と自分に馴染んじゃう不思議??。

また、私が副業おじさんブログを書くことで得たスキルと収入や以前の職業で得た収入で支えられている今の幸福な暮らしのことなどは一切、妻の頭に中には無いのだろうだろうが、夫婦になることで得た人間的な成長は、やはり独身では経験するのは無理だろうと思う。人として生まれて棺桶に入るまでは何かの達成感を感じたり、感情の起伏を抑える術を学んで成長できる。‥‥と私は思っている。いや、成長すべき人の「道」だと私は思います。

精神年齢が小学3年生並みと揶揄される私の既婚感想

ハッキリ言って妻の「カチン!」とする言動は度々ありますが、キライで結婚したり、望んで病気になったりするワケがありません。よく、性格の相違とか性格のズレを理由に離婚する夫婦がいますが、性格の相違とか性格のズレが当たり前であることを忘れているのではないかなぁ~‥と私は思います。

元々、生まれた環境も受けた教育も、ご両親の経済力も倫理観やヒエラルキーも違うのですから、そーゆー違いを乗り越えて男女が夫婦となり、何十年も共に過ごせば、どーしたって相手の短所は嫌でも見えてしまいます。と同時に相手も同じように思うはずです。

自分の感じた感想や意識は相手の人も同じです

正直、私が生まれ育った昭和までは男尊女卑がまかり通る時代ですから、男女平等・雇用機会均等法にすっかり慣れた現代の方々には原始時代よろしく、女性の方は嫌なことをイヤとも言えず、我慢してしまうのですが、今や夫婦も平等ですから、軟弱な亭主には、とっと三くだり半と離婚用紙を突きつけて反省を促すべきです。

また、私のように精神年齢が小学3年生(ショーサン)と揶揄・言われても、当ブログ記事にありますが、心理学の巨星フロイトそしてユングと並んで「心理学」理論で現代の個人心理学や心理療法を確立した心理学界の巨星3人の中の1人中国春秋時代の思想家、老子の言葉「足るを知る者は富む」といい、 私的には、「自分の器(うつわ)を知り、その器に照らし合わして物事の内容を計り、満足するという意味だと私は受け取り、「教えを実践すれば、精神的にも豊かになり、幸せな気持ちで生きていける」ということです。つまりは、 満足にも切りがある!!ということを心に刻むことで‥楽に生きれることを手に入れるということです。それをザックリ説明しているのが、当ブログ記事の「普通でいる勇気とは心理学のアドラーと老子が教えてくれた」です。そして、私は人生100年時代はキラリでピンピンコロリの「キラリ」とは老人くさくない人として目標や目的を持って生きるということです。つまり、一生に一度は自分の気持ちに従い、したい事をする勇気も必要だとかいたのが「人生100年時代はピンピンキラリでピンピンコロリがイイ」です。