普通が最も幸福だと教えてくれた老子の言葉足るを知る
ブログ普通老子

平成14年にブログを知り、その十数年後にブログ記事を書き始めて、今は2022年ですが、「人」の人生においての「幸福」や「豊かさ」と「欲望」や「虚栄心」の違いを私は、知ることができました。
べつに、「欲望」や「虚栄心」を否定しているのではありません。
長い人生で「欲望」「虚栄心」を持つのは「人」にとって普通で、当たり前の心の動きであり、成長過程です。
但し、いつまでたっても「欲望」や「虚栄心」を満たそうとする人間は、あまり感心しません。


ブログ記事のネタ探しの為に読んだ「TAO」という意訳書籍は原本の作者が老子であり、私が興味を持った言葉が「足るを知る者は富む」という漢詩の一節です。
その漢詩の一節である「足るを知る者は富む」というコトバを簡単に訳すると「自分の器(ウツワ)を知る」ということです。
自分の器を知ることは、器の容量を知ることです。
器の容量を知ることは、溢れ出る基準を知ることです。

ブログ 普通 老子

世間では「身の丈」とか、「身の程」とか、様々な表現で意訳されています。足るを知る者は富むとは、満足することを知っていれば貧し生活を送っていても精神的には豊かであり、幸せを感じれる心を持っているということです。 人間の欲望には切りがないく、欲深くならずに身分相応で満足することができる人間は、心が富んで豊かだということです。

当ブログ記事の「普通でいる勇気とは心理学のアドラーと老子が教えてくれた」には普通でいる勇気の尊さと気高さの理由が記述されていますが、一番!、皆さんに伝えたいことは、「細やかな物事に幸福を感じと取れる」ようになるということです。


      

当ブログのプロフィールにも書きましたが、私は、一般的には「俗物」でしたが、足るを知る者は富むというコトバとの出会いと、その深い意味を知り…自身に取り入れることで、「細やか」 なことに大きな幸せや癒しを感じれるようになりました。


20・30・40歳代の中頃までは「イケイケ」「24時間仕事」のworkaholicいわゆる「仕事中毒人間」だったのでBMWのバイクやフェラーリや投資用マンションなどを所有していましたが、実はいつも孤独で充実感を感じない壊れた人間でした。他人に頼られることが嫌いなのに、頼られることを当たり前と考えた嫌な奴で、しかも、、見栄っ張りで外ずらのイイ・・格好付けしいの「俗物」です。

普通が最も幸福だと教えてくれた老子の言葉足るを知る

結論的な持論なのですが、20・30代の人であれば企業の長やお金持ちに憧れるのは当然です。しかしながら、他人様の暮らしに責任を持つ事は大変な重圧です。 組織の規模が突き抜けて大きく成長するか、生まれながらに莫大な資産家でなければ、これからの時代は多少の蓄えがある庶民が生き易いかなぁ~・・と思っています。

普通が最も幸福だと教えてくれた老子の言葉足るを知る

実際、リタイア後の私の暮らしといえば「責任」が生じるのは妻と親族だけです。・・・つまり、日々の暮らしが保たれさえすれば、誰も不平不満は言いません。 雨露が凌げ、物欲が満足できる買い物ができればイイのです。人間は齢を重ねるうちに物欲の小さくなるな消えてしまいます。

普通が最も幸福だと教えてくれた老子の言葉足るを知る

但し、中にはいつまで経っても物欲や見栄っ張りの方もいます。まぁ~・・、その様な伴侶を持たれた方は、ご自分の前世の不始末のツケを払っていると思い、、諦めて下さい。

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